田頼村(読み)たよりむら

日本歴史地名大系 「田頼村」の解説

田頼村
たよりむら

[現在地名]安来市田頼町

日白(ひじら)村・久白(くじら)村・中津(なかづ)村の南に位置し、東は松井(まつい)村、南は岩舟(いわふね)村・中島(なかじま)村、西は丘陵地帯で意宇(いう)郡意東(いとう)村(現東出雲町)に接する。田頼川が流れ、上流の中島村の小字に上田頼があるのに対して当地を下田頼村ともいった。今は消滅したが、かつて諏訪神社(すわじんじや)遺跡(須恵器出土)や田瀬横穴墓群(二穴)・小丸山(こまるやま)横穴墓(玄室から頭蓋骨・縫針・高坏などが出土)があった。飯梨(いいなし)町(旧中島村)・岩舟町との境にある車(くるま)山(二〇七・八メートル)は「出雲国風土記」大原郡条には「暑垣(あつがき)山 郡家の正東二十里八十歩なり烽あり」とあって烽火台があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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