町田遺跡(読み)まちだいせき

日本歴史地名大系 「町田遺跡」の解説

町田遺跡
まちだいせき

[現在地名]塩山市下於曾

しお川の右岸標高三七五メートルに位置する縄文時代中期の集落跡。昭和五二年(一九七七)に調査され、住居跡八軒・溝状遺構・土坑が検出された。一号住居跡は五領ヶ台式期の円形プランを示す。二号住居跡では三角堆積土の低部(住居跡中央部)に浅鉢が伏せた状態で検出され、さらに完全埋没後に配石がみられ、住居の廃絶儀礼がうかがわれる。時期的には藤内II式である。土坑からは猪把手が埋葬された状態で検出された。


町田遺跡
まちだいせき

[現在地名]佐久市大字野沢

佐久平さくだいらの中の千曲川左岸にあって、片貝かたかい川が合流する辺りは低平な水田地帯で、その中の微高地上には弥生時代から古墳時代平安時代にかけての遺跡が営まれている。この中の代表的な集落跡が跡部あとべ三塚みちづか桜井さくらいにかかる町田遺跡で、昭和初年から出土した磨消縄文の施された弥生中期土器を町田式といい、その標式遺跡として注目されてきた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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