町隼町(読み)こうじまちはやぶさちよう

日本歴史地名大系 「町隼町」の解説

町隼町
こうじまちはやぶさちよう

[現在地名]千代田区隼町はやぶさちよう

麹町二丁目の横町を南に出た所に位置する町屋。東は内堀、西は麹町山元こうじまちやまもと町、南は武家地。麹町二丁目の南裏町から当町へ出る横町を犬糞横町と称した。南西に飛地がある。町名徳川家康の関東入国当初、鷹匠の屋敷があったことにちなむ(東京案内)。当初は旗本屋敷として利用された。元禄四年(一六九一)幕府用地として召上げられて麹町通広小路となり、翌年明地となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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