畑山新田(読み)はたやましんでん

日本歴史地名大系 「畑山新田」の解説

畑山新田
はたやましんでん

[現在地名]堺市深井畑山ふかいはたやま

深井村の東、泉北丘陵上に開かれた新田。大鳥郡に属する。当新田は堺の町人帯屋喜右衛門が中心になり、帯屋の資本と深井村村民の労働力で開発された。寛文一二年(一六七二)深井村の領主青山宗俊の検地を受け、高一四一石余、反別三一町五反余とされた。すべて畑方であったが、延宝(一六七三―八一)頃には田方として九・一石余、畑方として四・一石余がさらに開発された。開発以降の領主は草部くさべ村に同じ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む