畔吉村(読み)あぜよしむら

日本歴史地名大系 「畔吉村」の解説

畔吉村
あぜよしむら

[現在地名]上尾市畔吉

平方ひらかた村の北に続き、集落荒川東岸の台地上にある。荒川対岸は比企郡出丸中郷でまるなかごう(現川島町)。康暦二年(一三八〇)八月二五日の足利氏満御判御教書(円覚寺文書)によれば、同月六日に武蔵国金陸寺に寄進された塩田帯刀左衛門尉跡の「足立郡畔牛郷内」などを同寺雑掌に打渡すよう山下四郎左衛門尉に命じている。塩田氏からの所領没収は同年の小山義政の乱にかかわるものか。金陸寺の所在地などは不詳。天正一七年(一五八九)八月二八日には、「畔吉之内徳正寺」の寺内および門前の諸役が太田氏房により免除され(「太田氏房印判状」徳星寺文書)、同一九年一一月の徳川家康朱印状(同文書)では、「武州上足立郡阿世吉郷之内参石」が徳星とくしよう寺に寄進されている。なお足立系図(兵庫県足立九代次氏蔵)には足立遠元の第五子肥後守遠景に「号安須吉」の注があり、この「安須吉」を畔吉に比定する説もある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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