留寿都原野(読み)るすつげんや

日本歴史地名大系 「留寿都原野」の解説

留寿都原野
るすつげんや

羊蹄ようてい山の南に広がる洪積台地のうち留寿都村内の一帯をいう。殖民地としてはポンヌッキベツ原野とシリペツ原野からなる。前者は明治二〇年(一八八七)頃に貫気別ぬつきべつ川流域が調査され、ヌッキベツ原野として二二六万坪が選定されている。樹林地・草原地からなり、「直ニ開墾シ得可キ地」であった(撰定第一報文)。同三四年ポンヌッキベツ原野として二四一区画・三三八万坪の貸付けがなされるが、この原野は「ヌプキベツ川の東にあり、其大部分は丘陵にして低地は僅に河岸に存するのみ」で、「内部は殆んど平坦」であった(「殖民公報」第一号)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む