留寿都原野(読み)るすつげんや

日本歴史地名大系 「留寿都原野」の解説

留寿都原野
るすつげんや

羊蹄ようてい山の南に広がる洪積台地のうち留寿都村内の一帯をいう。殖民地としてはポンヌッキベツ原野とシリペツ原野からなる。前者は明治二〇年(一八八七)頃に貫気別ぬつきべつ川流域が調査され、ヌッキベツ原野として二二六万坪が選定されている。樹林地・草原地からなり、「直ニ開墾シ得可キ地」であった(撰定第一報文)。同三四年ポンヌッキベツ原野として二四一区画・三三八万坪の貸付けがなされるが、この原野は「ヌプキベツ川の東にあり、其大部分は丘陵にして低地は僅に河岸に存するのみ」で、「内部は殆んど平坦」であった(「殖民公報」第一号)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む