疱瘡地蔵・正長徳政記念碑(読み)ほうそうじぞう・しようちようとくせいきねんひ

日本歴史地名大系 の解説

疱瘡地蔵・正長徳政記念碑
ほうそうじぞう・しようちようとくせいきねんひ

[現在地名]奈良市柳生町

柳生中やぎゆうなか村から阪原さかはらに通じる間道山手にある。円形の自然岩に地蔵立像を彫り、像の右側に元応元年(一三一九)刻銘がある。古くから疱瘡神として信仰され、もとは地蔵堂内に祀られ、傍らに参籠堂が建っていたと伝える。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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