白木河内村(読み)しらきがわちむら

日本歴史地名大系 「白木河内村」の解説

白木河内村
しらきがわちむら

[現在地名]河浦町白木河内

北は壱町田いつちようだ村、東は津留つどめ村に接する。正平二〇年(一三六五)一〇月二五日付の天草種国請文(広福寺文書)に「種国りやう内肥後国天草郡白木河内村、同郡いくさか浦」とみえ、玉名たまな郡の広福こうふく(現玉名市)開山の大智の仏物年貢米を預かった種国は、これを元として利に回し毎年一定の米を広福寺に進上することを約束、もし進上を怠るときは当地いくさうら(現天草町)を長く寄進すると誓っている。慶長国絵図に村名がみえ、正保郷帳に高二三三石二斗余とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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