百々町(読み)どどちよう

日本歴史地名大系 「百々町」の解説

百々町
どどちよう

上京区寺之内通堀川

町の南寄りを東西寺之内てらのうち通が通り、西は堀川ほりかわ通。

応仁以前の景観を描くとされる中昔京師地図にも「百百ノ辻」とあり、百々の名は古くよりみられた。「名所都鳥」(元禄三年刊)は「古へ百々氏此所にすめるなるべし」と記す。寺之内通小川に架かる百々橋では、応仁の乱で細川勝元と山名宗全両軍がこの橋を隔てて交戦し(応仁記)、永正四年(一五〇七)八月には細川澄元の家臣三好之長と細川澄之の家臣香西又六などが戦ったという(坊目誌)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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