百万刈村(読み)ひやくまんがりむら

日本歴史地名大系 「百万刈村」の解説

百万刈村
ひやくまんがりむら

[現在地名]横手市百万刈

東は黒川くろかわ村・下境しもさかい村、南は根田谷地こんだやち村(現平鹿ひらか大雄たいゆう田根森たねもり)に接する大戸おおと川(鵜渡うど川・百曲ひやくまがり川)沿いの南北の細長い村で、村の北部を角間川街道が貫く。慶長七年(一六〇二)小野寺氏の旧臣が領主佐竹氏に仕え、「平鹿郡百万刈輪之内開発仕度」(「八木氏由緒書」県立秋田図書館蔵)と願い出て許され、翌八年から新開に従事した(「日野氏覚書」県立秋田図書館蔵)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む