皿垣村(読み)さらかきむら

日本歴史地名大系 「皿垣村」の解説

皿垣村
さらかきむら

[現在地名]大和町さかえ

矢部やべ川とその支流塩塚しおつか川に挟まれた平野部の中央にあり、北は作出つくりで村。天正九年(一五八一)五月、柳川城主蒲池鎮並が肥前佐賀で誘殺されたのち、六月三日肥前の龍造寺氏の軍勢、鷹尾城主田尻鑑種、肥後の小代親伝らによって蒲池鎮並の弟統春をはじめとする蒲池氏残党が「佐良垣村」において討たれた(六月一三日「小代親伝書状」龍造寺家文書/佐賀県史料集成三)。当地にこのときの佐留垣さるかき城跡が残る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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