目吹村(読み)めふきむら

日本歴史地名大系 「目吹村」の解説

目吹村
めふきむら

[現在地名]野田市目吹

鶴島つるしま新田奉目ほうめ新田の北東に位置し、東側を利根川が流れる。天養二年(一一四五)三月一一日の源某寄進状写(櫟木文書)では伊勢大神宮に寄進された相馬そうま郡内の地の四至に「西限繞谷并目吹岑」とみえ、この目吹を当地とする説がある。「永正十五年道者日記」に「しもうさの国在所目吹」とみえる。天正二年(一五七四)一二月二日の古河公方足利義氏料所目録(喜連川文書)には庄内河辺のうちとして目吹とあり、下河辺しもこうべ庄のうちとされ、義氏家臣一色八郎に預け置かれていた。なお地内には康暦三年(一三八一)銘の武蔵型板碑などが残る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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