目比村(読み)むくいむら

日本歴史地名大系 「目比村」の解説

目比村
むくいむら

[現在地名]稲沢市目比町

東は北麻績きたおうみ村・南麻績村に接し、村の南境を清洲きよす・津島街道が通り、中央を南北に目比川が流れ、この川の両側人家が並び、上下に分れ、地が低く、目比川のほか大塚おおつか井と上の一五ヵ村の悪水落もあり、水損が多く、不同免の村であった(天保村絵図、徇行記)

概高一千二一八石余で、六三〇石余は藩士八人の給知。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む