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清洲 きよす

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

清洲
きよす

愛知県北西部,清須市中西部の旧町域。名古屋市の北西にある。1889年町制。2005年西枇杷島町,新川町の 2町と合体して清須市となった。織田信長豊臣秀次徳川義直居城した地で,慶長15(1610)年からの名古屋への清洲越しまで城下町。その後市場町宿場町として繁栄。名古屋市の近郊に位置するため,電気機器,繊維などの工場,住宅の進出が著しく,名古屋への通勤者が多い。城跡を中心とした清洲公園や国指定史跡の貝殻山貝塚を含む朝日遺跡がある。

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デジタル大辞泉の解説

きよす【清洲】

愛知県清須市の地名。名古屋市の北西に位置し、住宅地。清洲城跡に公園がある。→清須

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

清洲
きよす

愛知県北西部、西春日井(にしかすがい)郡にあった旧町名(清洲町(ちょう))。現在は清須(きよす)市の北西部を占める一地区。名古屋市の北西に位置し、五条川沿いの旧城下町。1889年(明治22)町制施行。1906年(明治39)清洲町は朝日(あさひ)、一場(いちば)の2村を合併。2005年(平成17)西枇杷島(にしびわじま)町、新川(しんかわ)町と合併、市制施行して清須市となる。JR東海道本線、名古屋鉄道本線、国道22号、302号が通じ、名古屋第二環状自動車道の清洲東・清洲西インターチェンジがある。旧跡に富み、貝殻山(かいがらやま)貝塚は国指定史跡となっている。清洲城は尾張(おわり)国守護斯波(しば)氏の居城、その後は織田氏の居城であった。名古屋城下町造成の際の「清洲越(ごし)」(1610)によって町は衰えたが、1616年(元和2)美濃(みの)街道の宿場として再興した。清洲城跡は清洲公園となりサクラの名所で知られる。貝殻山貝塚は名古屋大学考古学研究室の研究で、弥生(やよい)前期文化圏の東限に位置するものと認定された。その一角に愛知県清洲貝殻山貝塚資料館があり、弥生文化研究に役だっている。ホウレンソウなどの野菜栽培が盛んであったが、名古屋のベッドタウン化が進んでいる。[伊藤郷平]
『『清洲町史』(1969・清洲町)』

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