真下俊一(読み)マシモ シュンイチ

20世紀日本人名事典 「真下俊一」の解説

真下 俊一
マシモ シュンイチ

大正・昭和期の医学者 京都帝大教授



生年
明治21(1888)年

没年
昭和20(1945)年9月17日

出身地
兵庫県

学歴〔年〕
京都帝大卒

主な受賞名〔年〕
帝国学士院賞〔昭和20年〕

経歴
昭和13年京都帝大教授に就任。20年京都帝大原子爆弾調査隊員として広島を訪れたが、超大型の枕崎台風による山津波に巻き込まれ遭難死した。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

関連語 学歴

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「真下俊一」の解説

真下俊一 ましも-としかず

1888-1945 大正-昭和時代前期の医学者。
明治21年4月26日生まれ。昭和13年母校京都帝大の教授となる。循環器系疾患の機能検査の研究で,20年学士院賞。京都帝大原子爆弾調査隊員として広島にゆき,昭和20年9月17日台風のため死去。58歳。兵庫県出身。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む