矢田串岡新村(読み)やたくしおかしんむら

日本歴史地名大系 「矢田串岡新村」の解説

矢田串岡新村
やたくしおかしんむら

[現在地名]高岡市伏木(ふしき)二丁目・伏木古府(ふしきこふ)一―二丁目

射水川(現小矢部川)河口左岸、串岡村の東方に位置。寛永二〇年(一六四三)の村立て(射水郡十村土筆)。村名は当地の新開が矢田村と串岡村の共同で行われたことに由来すると考えられる。明暦二年(一六五六)の高三二石・免二ツ一歩(村御印留)。寛文一〇年(一六七〇)の村御印の草高三二石・免二ツ六歩、小物成は猟船櫂役五匁(三箇国高物成帳)。猟船櫂役は寛保二年(一七四二)にはすでに退転している(「高免等書上帳」折橋家文書)。享保四年(一七一九)の川崩れにより二六石ほどが検地引高となったが(同書上帳)、文化二年(一八〇五)四二石ほどの定免新開が行われ、同四年内検地極高となった(「御図免新開根帳」高樹文庫)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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