日本歴史地名大系 「石ヶ谷村」の解説 石ヶ谷村いしがたにむら 島根県:鹿足郡津和野町石ヶ谷村[現在地名]津和野町豊稼(とよか)野中(のなか)村の北、胡摩(ごま)ヶ岳の北麓、砥石(といし)山の北東麓に位置し高津川支流程彼(ほどがん)川上流域の山間の村。砥石山を中心とする笹(ささ)ヶ谷(たに)銅山・石ヶ谷銅山があり、畑(はた)ヶ迫(さこ)村など幕府領(石見銀山領)五ヵ村とともに五(ご)ヶ所(しよ)村、または間歩口(まぶくち)村とも称された。正保国絵図に村名がみえ、高二〇石余。元禄一〇年(一六九七)の石見銀山領村々覚によれば田方二〇石余・畑方三石余、年貢高は米一三石余・銀二六匁余、家数は本家一二・門屋三、人数六〇、牛一一。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by