石伐町(読み)いしきりまち

日本歴史地名大系 「石伐町」の解説

石伐町
いしきりまち

[現在地名]金沢市清川町きよかわまち寺町てらまち三丁目・同五丁目

寺町てらまち台地の東側、犀川河畔の地子町で、蛤坂新はまぐりざかしん町の南東に連なる。上下に分れており北部が下石伐町。南部の上石伐町から千人せんにん町に続く。町名は、城下東方の戸室とむろ山から石を切出す藩御抱えの石伐職人、二十人石伐の組地(居屋敷地)であったことによる(金沢古蹟志)。同組地は、寛文五年(一六六五)泉野いずみの村百姓衆支配地を召上げて成立した(「泉野村領足軽屋敷地証文」泉野村文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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