石同町・石同新町(読み)いしどうまち・いしどうしんまち

日本歴史地名大系 「石同町・石同新町」の解説

石同町・石同新町
いしどうまち・いしどうしんまち

[現在地名]松任市石同町・石同新町・若宮わかみや一―三丁目

辰巳たつみ町の東に続いて石同新町、その南に石同町があり、いずれも石同町通の両側町で本町。石同町通は四日市よつかいち町東端から北折する北陸街道に続く。寛文二年(一六六二)の間数改帳(松任町史)に石同町がみえ、天明五年(一七八五)の町絵図(松任市立博物館蔵)では石同新町・石同町の通りに石同町と記されている。ただし屋並は百姓家として描かれている。また石同町の東にも両側に百姓家が描かれた通りがあり、のち石同後いしどううしろ町とよばれ、幕末までに石同町に組入れられた(松任町史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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