日本歴史地名大系 「石屋村」の解説 石屋村いしやむら 兵庫県:神戸市東灘区石屋村[現在地名]東灘区御影石町(みかげいしまち)一―四丁目・御影町石屋(みかげちよういしや)・御影塚町(みかげつかまち)一―二丁目御影村の西、石屋川沿いの沖積地の河口部を占める。山陽道が村内を横断する。村名は石加工の石屋に由来するとみられる。慶長国絵図に村名がみえ、高一九八石余。元和三年(一六一七)幕府領村上孫左衛門預(摂津一国御改帳)、同年尼崎藩領(「大垣藩地方雑記」岐阜県立図書館蔵、宝暦一〇年「尼崎領郷村高辻帳」尼崎市立図書館蔵)。 石屋村いしやむら 富山県:富山市旧上新川郡地区石屋村[現在地名]富山市石屋常願寺川と鼬(いたち)川の間の平坦地にあり、南は長屋(ながや)村・新名(しんみよう)村。元和(一六一五―二四)頃に北八川(きたはちかわ)村が分村した八ヵ村のうちの一つで、当時石屋という石切がいたのが村名の由来という(越中志徴)。正保郷帳では高三四八石余、田方二三町一反余・畑方一反余、新田高二三石余。寛文一〇年(一六七〇)の村御印では草高四二八石、免三ツ三歩、小物成は野役二〇匁、鮭役四匁(うち一匁出来)・鮎川役三匁・桑役三匁、明暦二年(一六五六)・同三年の新田高六石があった(三箇国高物成帳)。嘉永六年(一八五三)には草高四四四石、作馬二一、小物成として七木運上役五匁五分・室役一〇匁が加えられた(「太田組高免等手帳」杉木家文書)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by