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石川素堂 いしかわ そどう

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美術人名辞典の解説

石川素堂

禅僧。曹洞宗八代管長。総持寺四世。愛知県生。号を牧牛、素堂は諱、大円玄致禅師の勅号を賜わる。名古屋の泰増寺をはじめ、各地の寺院を歴住。明治31年(1898)石川県能登の大本山総持寺焼失により、その復興に努め、神奈川県鶴見に移転の大事業を成し遂げる。大正9年(1920)寂、80才。

出典|(株)思文閣
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朝日日本歴史人物事典の解説

石川素堂

没年:大正9.11.16(1920)
生年:天保12.12.1(1842.1.12)
江戸末から明治大正時代の曹洞宗の僧。号は牧牛。尾張国春日井大曾根村(名古屋市)の道家祐七の3男。俗名寿三郎。滋賀清凉寺,神奈川最乗寺などの住職を歴任し,曹洞宗大学林(駒沢大学)学監も務めた。明治31(1898)年,能登(石川県)総持寺(祖院)が焼失,その復興を助けると同時に移転を計画。38年,総持寺貫首(独住第4世),翌年第8代曹洞宗管長となるや,この計画を発表,鶴見(横浜市)に44年に移転,総持寺中興と称された。教学に加え,宗門の政治,経営に卓越した力量を発揮した。<著作>『大円玄致禅師語録』<参考文献>横関了胤『曹洞宗百年のあゆみ』

(熊本英人)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

石川素堂
いしかわそどう

[生]天保12(1841).12.1. 尾張
[没]1924.11.11.
曹洞宗の僧。 1883年曹洞宗大学林の学監となり,1905年3月には総持寺貫主に推された。能登にあった大本山総持寺が焼失したとき,これを現在の横浜鶴見に移転再建した。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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