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総持寺 そうじじ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

総持寺
そうじじ

曹洞宗大本山。諸岳山と号し,横浜市鶴見区にある。もと,行基が能登鳳至郡に諸岳寺観音堂を開創したのが始りで,元享1 (1321) 年住職が瑩山禅師に帰依したために,諸岳寺を曹洞宗に改宗して瑩山を開山とし,寺号を改めた。翌年永平寺とともに大本山となり,のち峨山禅師のもとで禅風大いにふるった。しかし 1898年焼失後,1907年現在の地に移築し,旧地に別院を配置した。総持 (陀羅尼の異名) の名の示すように,真言密教の影響があり,現在の曹洞宗寺院の大部分は総持寺の系統である。

総持寺
そうじじ

東京都足立区西新井にある真言宗智山派の寺。五智山遍照院と号す。空海創建と伝えられ,本尊十一面観音に加え,自作像も安置し,当時流行していた疫病退散を祈願したという。これが,厄除け霊験あらたかな御大師様として,今日も西新井大師の通称で人々の信仰を集めている。江戸初期,12世賢真が出て一層の発展に寄与末寺を従える有力寺院となった。長保3 (1001) 年の銘のある鋳銅刻画『蔵王権現像』は国宝,ほかに重要文化財も多数所蔵する。

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デジタル大辞泉の解説

そうじ‐じ〔ソウヂ‐〕【総持寺】

横浜市鶴見区にある曹洞宗の大本山。山号は諸岳山。もと石川県輪島市にあり、行基の開創と伝える真言宗の寺であったが、元亨元年(1321)請われて瑩山紹瑾(けいざんじょうきん)入寺、曹洞宗に改めた。中世以来、永平寺との間でしばしば勢力争いがあった。火災により、明治40年(1907)現在地に移転。旧地には総持寺祖院を残す。

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百科事典マイペディアの解説

総持寺【そうじじ】

横浜市鶴見区にある曹洞宗大本山。本尊釈迦如来。もと能登鳳至(ふげし)郡櫛比村にあって行基の開創と伝えられた諸岳寺(院)を,1321年住持の定賢が瑩山(けいざん)にゆずり,曹洞宗総持寺とした。
→関連項目紹瑾正法寺曹洞宗鶴見[区]横浜[市]

総持寺【そうじじ】

石川県輪島市にある曹洞宗の寺。本尊は釈迦如来。1321年瑩山紹瑾(けいざんじょうきん)が諸岳観音堂(諸岡寺)を禅宗に改め,2代峨山紹碩(がさんじょうせき)以降峨山派の本拠となった。
→関連項目興聖寺門前[町]輪島[市]

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デジタル大辞泉プラスの解説

総持寺

大阪府茨木市にある寺院。創建は890年。宗派は高野山真言宗、本尊は千手千眼観世音菩薩。

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世界大百科事典 第2版の解説

そうじじ【総持寺】

横浜市鶴見区にある寺。山号は諸岳山。福井県永平寺とともに曹洞宗の大本山で,1321年(元亨1)瑩山紹瑾(けいざんじようきん)によって開創され,もと能登にあったが,明治末年に現在地に移された。1898年(明治31)4月13日夜,能登門前町にあった総持寺は法堂より出火し,伝灯院(開山廟所)経蔵その他小建築物10余棟を残して,全山灰燼(かいじん)に帰した。その後ただちに再建計画が進められたが,従来の所在地は交通不便で,一宗の本山としては末派僧侶や檀信徒の参拝にも不都合であり,1907年3月9日,独住4世石川素童の時,寺基移転の官許を得て,11年11月5日,横浜市鶴見に移転遷祖の式が行われた。

そうじじ【総持寺】

石川県鳳至(ふげし)郡門前町にある寺。山号は諸岳山。もと曹洞宗の大本山で,現在は祖院とされている。能登にある本山という意味で能山とも呼ばれ,岳山とも通称される。寺基は元来,諸岳(もろおか)寺あるいは諸岳観音堂といわれた密教系の教院であった。一説に行基の建立とも伝えられる。1321年(元亨1)時の住持定賢律師は霊夢により,永光(ようこう)寺(羽咋市)の瑩山紹瑾(けいざんじようきん)にここを譲り,瑩山は禅院に改め,寺号を諸岳山総持寺と名づけて開山となった。

そうじじ【総持寺】

大阪府茨木市にある高野山真言宗の寺。山号は補陀洛山。寺基建立の経緯は,山蔭中納言藤原高房が勅命により筑紫に赴く途次,大亀を助けてやったが,その子政朝が水難に遇った際この大亀に助けられたので,高房はこれを観音の加護として報恩のため観音像造立供養を発願し,中国に用材の白檀香木を求め,政朝のときに千手観音像が完成したと伝えられる。890年(寛平2)に伽藍が造立され,一条,後一条,白河,鳥羽の4天皇の臨幸もあり,寺地を賜り勅願所に列せられて外護を受けた。

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大辞林 第三版の解説

そうじじ【総持寺】

横浜市鶴見区にある曹洞宗の本山。山号、諸嶽山。もと石川県櫛比くしび村(現、輪島市)にあった行基開創と伝える密教系の寺。1321年に住持が瑩山紹瑾けいざんじようきんに帰依し曹洞宗に改め、以後長く永平寺と本末を争い、徳川家康の調停でともに本山となる。1898年(明治31)火災にあい、明治末に現在地に移建された。

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世界大百科事典内の総持寺の言及

【紹瑾】より

…鎌倉後期の曹洞禅僧で,大本山総持寺の開山。日本曹洞宗の太祖,諡(おくりな)は仏慈禅師,弘徳円明国師,常済大師。…

【曹洞宗】より

…43年(寛元1)越前に移り,翌44年には大仏寺(後の永平寺)を開いてここを根本道場とし,《正法眼蔵》などを示して弟子たちを養成した。道元下3世の瑩山紹瑾(けいざんじようきん)は能登に永光(ようこう)寺,総持寺(後年横浜に移転)を開き,民衆教化をめざし,その弟子峨山韶碩(がさんじようせき)の門下からは五哲あるいは二十五哲と呼ばれる多くの俊秀が出て,教団は全国的発展を遂げ,寺院数1万4700余を有する,単独教団としては日本最大の宗派となった。現在福井永平寺,横浜総持寺を二大本山としている。…

※「総持寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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