コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

海峡問題 かいきょうもんだいStraits Question

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

海峡問題
かいきょうもんだい
Straits Question

戦略的意味をもつ海峡の通行権の問題一般のことであるが,普通は黒海から地中海にいたる海峡にあるダーダネルス (チャナッカレ) およびボスポラス両海峡の国際的地位の問題をさす。 18世紀後半以降,不凍港を求めて南下政策をとったロシア帝国と,地中海に利害をもつイギリス,フランスなどが対立した。 1833年のウンキャルスケレッシ条約により,ロシアの意図は一時達成されたかにみえたが,クリミア戦争後の 56年のパリ条約で挫折。その後幾多の変遷を経て,ようやく 1923年のローザンヌ会議で,両海峡の国際化および非武装化,ならびに,原則としていかなる国の商船,軍艦にも開放されることを内容とする海峡協定が締結されて一応の決着を見,36年の海峡制度に関するモントルー条約によって再確認された。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

世界大百科事典 第2版の解説

かいきょうもんだい【海峡問題】

一般には黒海と地中海を結ぶダーダネルス,ボスポラス両海峡の軍艦の通航権をめぐる国際紛争を指す。今日では重要な海上輸送路にあたるマラッカ,ホルムズ両海峡,さらに,海軍力の通過する他の海峡についても関心がはらわれている。海峡は,歴史的に,異なる文明や地域間の十字路として象徴的な意味が与えられてきた。とくに,頻繁な海上交通路にあたる海峡付近には交易の拠点が,戦略上の重要性が意識される海峡には軍事基地が,設けられてきた。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

海峡問題
かいきょうもんだい

海峡とは、両岸が対峙(たいじ)した狭い水域で、公海と公海を結ぶ水路をいう。両岸が同一の国家に囲まれ、その入口が領海の幅の2倍を超えない海峡は、原則として沿岸国の領海とされる。しかし、その海峡が、国際交通のために重要な通路をなす場合、条約または慣習法上、国際海峡として各国の船舶の自由な通航が保障される。海峡問題が国際的に確立するのは、第一次世界大戦後、1923年にトルコと連合国との平和条約(ローザンヌ条約)が結ばれ、地中海と黒海とを結ぶボスポラス海峡およびダーダネルス海峡の自由航行が問題とされてからである。[經塚作太郎]

国際海峡制度の歴史

ボスポラス、ダーダネルス海峡は、両岸がトルコ領で、海峡の幅が、広い所でも3.8海里(約7キロメートル)の狭い水路である。1453年、トルコが黒海全域を自国の領海であると主張して以来、ヨーロッパ諸国によるこの海峡の通過の自由が問題とされてきた。古くは、1805年9月のロシア・トルコ間同盟条約、06年7月のプロイセン代理大使あてのトルコ外相の書簡、09年1月のトルコ・イギリス間講和条約、33年7月のロシア・トルコ間条約(ウンキアル・スケレッシ条約)で、この海峡の通過の問題が議論された。ロシア・トルコ間条約は、有効期間を8年とする防御同盟条約で、ロシアはトルコの要求がある場合、援軍を出すことを約束するかわりに、トルコはロシアのためにダーダネルス海峡を閉鎖し、ロシア以外の軍艦の通過を禁止することを秘密に約束した。1840年7月オーストリア、ロシア、イギリス、フランス、プロイセンおよびトルコの間で「トルコ領土保全に関するロンドン条約」が結ばれ、平時でも、トルコ以外の軍艦に対するボスポラス、ダーダネルス海峡の閉鎖を規定した。1841年7月に、同一国家の間で「海峡制度に関するロンドン条約」が結ばれ、トルコ以外の国の軍艦の海峡通過禁止が再確認された。しかし慣例上トルコ皇帝が許可する外国の大公使館役務軽軍艦の航行は例外とされた。クリミア戦争後の56年のパリ条約で、前記の「海峡制度に関するロンドン条約」を再確認し、さらに、パリ条約の付属書として「海峡制度に関する議定書」をも採択した。[經塚作太郎]

国際海峡制度の確立

ボスポラス、ダーダネルス海峡の自由航行を確立させた1923年のローザンヌ条約では、ボスポラス、ダーダネルス海峡に対するトルコの主権を制限し、海峡の中立化と国際管理、ならびに海峡における諸外国の船舶の通過と航行の自由を認めた。ここに長年の懸案であったボスポラス、ダーダネルス海峡の自由航行制度(国際海峡)が確立した。その後トルコは、自国の安全保障の立場から、ボスポラス、ダーダネルス海峡の無制限的な開放に反対した。36年7月にスイスのモントルーで新しく「海峡制度ニ関スル条約」(モントルー条約)が結ばれ、トルコの安全ならびに黒海沿岸国の安全が害されない限り、ボスポラス、ダーダネルス海峡の諸外国の船舶による通過および航行の自由が認められることになった。すなわち、商船については、平時においてその国旗および積み荷のいかんを問わず、海峡の通過および航行の自由が認められる。また、トルコが戦争に参加して交戦国となったときでも、トルコと戦争状態にない非交戦国の商船は、敵国を援助しないことを条件として、海峡の通過と航行の自由が認められる。軍艦の通過について、平時においては、主力艦を除く小艦艇は、トン数および隻数制限のもとで、事前のトルコに対する通告により海峡の通過を認められる。非沿岸国の主力艦および潜水艦の通過は、原則として認められない。トルコが交戦国となったとき、またはトルコが急迫した戦争の脅威に遭遇するときは、外国の軍艦の通過についてトルコの裁量に任されるものとされた。第二次世界大戦後、モントルー条約の改正問題がおこり、とくに、ソ連が、ボスポラス、ダーダネルス海峡の管理を、もっぱら黒海沿岸国のみで定めようと提案したが、他の諸国の同意を得られず、現在もモントルー条約は有効な条約である。
 その後、国際海峡は、1982年(1994年発効)の「海洋法に関する国際連合条約」(国連海洋法条約)第37条で「公海または排他的経済水域の一部分と公海または排他的経済水域の他の部分との間における国際航行に使用されている海峡」のことをいうと定義された。ここで言及された国際航行(すべての国の船舶の自由通航)を認めたもっとも早いものがモントルー条約で、コンスタンチノープル海峡(ボスポラス海峡、マルマラ海、ダーダネルス海峡をひとまとめにした通称)の「通過、通航の自由原則」が認められた。今日、国際航行に使用されている海峡とは、国際条約で認められた海峡のほかに地理的基準にたって、国際的な航行の要路とされる海峡(たとえば、マラッカ海峡)および、使用度の国際的頻度が高い海峡(たとえば、ギリシアのケルキア島とアルバニア沿岸の間にあるコルフ海峡)をもさしてよんでいる。[經塚作太郎]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

海峡問題の関連キーワード国連海洋法条約無害通航権

今日のキーワード

俳句甲子園

1998年から松山市で開かれる全国高等学校俳句選手権大会。高校生が5人1組で句の優劣をディベートで競い合う。チームでの勝敗とは別に、個人の最優秀句も選ぶ。今年は過去最多の41都道府県から121校、15...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

海峡問題の関連情報