石手村(読み)いしてむら

日本歴史地名大系 「石手村」の解説

石手村
いしてむら

[現在地名]松山市石手一―五丁目・石手白石いしてしらいし新石手しんいして常光寺じようこうじ町・道後姫塚どうごひめづか

松山平野の東平坦部に位置する農村。道後温泉に近く、四国八十八ヵ所の五一番札所石手寺の門前町であった。慶安元年伊予国知行高郷村数帳(一六四八)の温泉郡の項に「石手村 松林有」とある。

境域は古代の温泉郡井上いのえ(和名抄)のうちの東南部と考えられる。村の南部を湯山ゆやま(のちの石手川)とその分流寺井てらい(湯之川)が西流しているので、灌漑用水に恵まれていた。ここには古くから安養あんよう(のちの石手寺)があり、寺の周辺部は門前町として賑った。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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