日本歴史地名大系 「石粟庄」の解説
石粟庄
いしあわのしよう
- 富山県:東礪波郡
- 石粟庄
現高岡市
天平宝字三年の前掲地図では端書に田積が記されず、旧橘奈良麻呂地の規模は不明だが、図中に記される開田積(八六町八段二八四歩)と野地(七〇ヵ所)ならびに欠損部(一〇余ヵ所)の分を加えると、総地は一一二町を大きく上回る可能性が高い。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
現高岡市
天平宝字三年の前掲地図では端書に田積が記されず、旧橘奈良麻呂地の規模は不明だが、図中に記される開田積(八六町八段二八四歩)と野地(七〇ヵ所)ならびに欠損部(一〇余ヵ所)の分を加えると、総地は一一二町を大きく上回る可能性が高い。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...