石船村(読み)いしぶりむら

日本歴史地名大系 「石船村」の解説

石船村
いしぶりむら

[現在地名]中辺路町石船

北は高原たかはら村、西はしば真砂まなご両村、東は大内川おおうちがわ村、南は分領ぶんりよう(六八〇メートル)尾根で限られる。富田とんだ川の支流石船川に沿う谷内集落。「続風土記」に「石舟の字古は石伏と書しよしいひ伝ふ、舟伏の二字共にふりの詞に仮りたること詳ならす、或は石ふねの転訛かと云ふ、然れとも平忠盛の歌に石ふり川と詠みたれは其説非なり、石舟の川中に巌石多く横たはり、渓流其巌に触るゝを以て、川の名とするならむ」と記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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