砂久保村(読み)すなくぼむら

日本歴史地名大系 「砂久保村」の解説

砂久保村
すなくぼむら

[現在地名]川越市砂久保

すな新田の西、武蔵野台地上に立地。砂窪とも書く。天文一五年(一五四六)小田原北条氏方から川越城を奪還するため上杉憲政などの軍が「砂窪」に陣を置いたという(小田原編年録)。その場所は字見付みつけ付近とされている(川越の地名報告書)。しかし当時は一面の原野と考えられ、古くは竹原と称されていた地という(風土記稿)。川越藩主松平信綱の武蔵野開発により成立した村で、幕末まで同藩領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む