砂子塚村(読み)すなごつかむら

日本歴史地名大系 「砂子塚村」の解説

砂子塚村
すなごつかむら

[現在地名]分水町砂子塚

西を西にし川が北へ流れ、北から南東大通おおどおり川が流れる。南西地蔵堂じぞうどう町、南はおいしま村、北は高木村たかぎむら古新田(現吉田町)。元和六年(一六二〇)の三条御引渡郷村帳(幸田重寛氏文書)に村名がみえ、高一一九石余で三条藩領。正保国絵図では高三七八石余、幕府領に属する。慶安二年(一六四九)村上藩領となり、宝永六年(一七〇九)上知され、正徳元年(一七一一)陸奥白河藩領(白川風土記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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