磐瀬宮(読み)いわせのみや

日本歴史地名大系 「磐瀬宮」の解説

磐瀬宮
いわせのみや

斉明天皇が百済救援のために西下した際にみえる地名。「日本書紀」斉明天皇七年(六六一)三月二五日条には「磐瀬行宮」とみえ、また同書同年八月一日条に「皇太子、天皇の喪を奉徙りて、還りて磐瀬宮に至る」とある。一方、「延喜式」兵部省諸国駅伝馬条に筑前国の駅の一つとして「石瀬」があり、この両者を関連づけて考える説がある。これによれば、磐瀬宮の所在地は石瀬いわせ駅の比定地である現南区三宅みやけから同区高宮たかみや付近と推定される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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