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延喜式 えんぎしき

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

延喜式
えんぎしき

平安時代の法令集。 50巻。三代式の一つ。延喜5 (905) 年,左大臣藤原忠平らが醍醐天皇の命令により編集。延長5 (927) 年完成。『弘仁式』『貞観式』をはじめ,古代政府の根本法令を補う形でその後発布された施行細則集大成したもの。

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デジタル大辞泉の解説

えんぎしき【延喜式】

弘仁式・貞観式以降の律令の施行細則を取捨・集大成したもの。50巻。三代式の一。延喜5年(905)醍醐天皇の勅により藤原時平忠平らが編集。延長5年(927)成立。康保4年(967)施行。
堅苦しいことを言う人をあざけっていう語。
「あらむつかしの論語風や。あら嫌の―や」〈仮・浮世物語・二〉

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百科事典マイペディアの解説

延喜式【えんぎしき】

養老律令の施行細則を集大成した法典。醍醐天皇の命により905年編集に着手,927年完成。50巻。前に編集された弘仁(こうにん)・貞観(じょうがん)の二式を併合して取捨し,改訂したもの。
→関連項目赤城神社網曳御厨天津罪粟鹿神社位記伊射波神社伊雑宮宇治橋運脚駅・駅家延喜格式大庭御野岡屋牧鏡餅竈門神社河上神社官寺国津罪気多神社上野国交替実録帳粉河寺居多神社事任神社式内社神社神名帳石州半紙走湯山天手長男神社椿大神社都波岐神社鳥養牧中臣祓藤原忠平布田望月牧由良比女神社

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世界大百科事典 第2版の解説

えんぎしき【延喜式】

養老律令に対する施行細則を集大成した古代法典。905年(延喜5)藤原時平ほか11名の委員によって編纂を開始したが,あまり順調に進せず,ようやく927年(延長5)に至って藤原忠平ほか4名の編纂委員の名によって撰進された。50巻。ただしこの後も修訂事業が続けられ,40年後の967年(康保4)に施行された。本法典の内容は先行の《弘仁式》,およびその改訂増補部分だけを集めた《貞観式》,この両者からそのまま受け継がれた部分がかなり多く,その施行をそれほど急ぐ必要がなかったことと,またこの編纂がむしろ文化事業としての色彩が濃かったことなどがその理由であろう。

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大辞林 第三版の解説

えんぎしき【延喜式】

平安中期の律令の施行細則。五〇巻。905年(延喜5)藤原時平らが醍醐天皇の命により編纂を始め、時平の死後藤原忠平らにより927年完成。施行は967年。弘仁式・貞観式を踏まえて編まれたもので、のちの律令政治の基本法となった。
堅苦しい、形式ばったことを言う者へのあざけりの語。 「あら見られずの-や/太平記 35

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

延喜式
えんぎしき

養老律令(りつりょう)に対する施行細則を集大成した古代法典。50巻。905年(延喜5)編纂(へんさん)開始、927年(延長5)撰進(せんしん)、967年(康保4)施行。三代格式(きゃくしき)(弘仁(こうにん)、貞観(じょうがん)、延喜)のうちほとんど完全な形で残っているのは本書だけであり、しかも規定の内容が微細な事柄に及び、百科便覧的な趣(おもむき)すらあるだけに、日本古代史の研究に不可欠のものである。ただ本書の内容は、先行の『弘仁式』およびその改訂増補部分だけを集めた『貞観式』からそのまま受け継がれた部分が多く、要するに8、9世紀のそれぞれの時点で成立した単行の施行細則を網羅的に集成したものであるから、本書を史料として利用する場合には、そのことに十分注意する必要がある。本書の構成は、巻1~巻10=神祇官(じんぎかん)関係の式(そのうち神名式は神名帳ともよばれる)、巻11~巻40=太政官(だいじょうかん)八省関係の式、巻41~巻49=それ以外の官庁関係の式、巻50=雑式となっていて、各官庁ごとに整理されている。本法典が編纂、施行された時代は、すでに律令政治の崩壊期に入っており、その法源としての実効力はかなり減じていた。したがって『延喜式』の編纂は立法事業というより文化事業という色彩が濃い。その後、古代、中世を通じてとくに公家(くげ)の間で、主として公事(くじ)や年中行事の典拠として尊重され、近世では国学者によって祝詞(のりと)式、神名式、諸陵式などの個別研究が行われた。現行の刊本では『新訂増補 国史大系』所収のものがもっともよい。[虎尾俊哉]
『宮城栄昌著『延喜式の研究 史料篇・論述篇』(1955、57・大修館書店) ▽虎尾俊哉著『延喜式』(1964・吉川弘文館)』

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世界大百科事典内の延喜式の言及

【漆工芸】より

…平文が蒔絵と組み合わされて復活するのは13世紀以後である。 《延喜式》には平安時代の調度の施工の実際が記される。例えば赤漆の材料には漆と荏油(えのあぶら)が,黒漆塗には漆と掃墨(はきずみ)と布着せ用の貲布(さよみ)が,朱塗には漆と朱沙と貲布と掃墨,小麦などが準備されたことがわかる。…

【延喜格式】より

…《延喜格》は先行の《弘仁格》《貞観格》の両格と併用することを前提として,869年(貞観11)から907年に至る間の詔,勅,太政官符などを官司別に編纂し,これに雑格と臨時格とを付加している。一方《延喜式》は先行の《弘仁式》《貞観式》の式文やその後に改定された施行細則をすべて集大成する形で編纂された。この延喜格式の編纂とならんで,その姉妹法典とも言うべき《延喜儀式》《延喜交替式》の編纂も行われた。…

【神道】より

…祭りの多くは農耕儀礼と結びついており,年頭の豊作祈願,春の農耕開始,夏の病害虫駆除,秋の収穫感謝の四つの祭りが最も主要なものであった。《神祇令》《延喜式》の〈四時祭〉〈臨時祭〉の巻には,神祇官が行う祭りの詳細が記されている。人々は祭りによって生活にくぎりをつけたが,6月と12月の晦に,半年間の罪穢を祓い,災厄を除いて清浄を回復し,1月と7月の祖先の霊魂を迎えるさまざまな行事の中で新しい生活を開始した。…

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