祐伝寺(読み)ゆうでんじ

日本歴史地名大系 「祐伝寺」の解説

祐伝寺
ゆうでんじ

[現在地名]岡崎市両町二丁目

りよう町の南裏側にあり、根石山と号し真宗高田派。もと妙源みようげん寺末。本尊阿弥陀如来。天正七年(一五七九)柴田新四郎正親がなぐり町に創建。正親の次男六郎は遊伝坊了慶と称して一寺を建てた。後家康が神明宮別当を命じたという(三河聡視録)。慶長六年(一六〇一)二月一一日に寺領二石余の伊奈忠次黒印状を受けた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む