神主町(読み)かんぬしまち

日本歴史地名大系 「神主町」の解説

神主町
かんぬしまち

[現在地名]高岡市神主町

高岡町の南端せき町の南東に位置。もと射水いみず下関しもぜき村の一部で、二塚ふたづか村を経て礪波となみ井波いなみ町へ通じる道がある。地子町で、町名は山王社および熊野社などの神官が居住したことによるという(下関村史)。歩数一千八〇二歩で(不歩記)、明治六年(一八七三)の坪数一千四八坪六合(沽券調総計帳)。天明五年(一七八五)の家数五(家数書上帳)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む