神岡下村(読み)かみおかしもむら

日本歴史地名大系 「神岡下村」の解説

神岡下村
かみおかしもむら

[現在地名]北茨城市関南せきなみ町神岡下

海岸線に沿って平地が開け、西に低い山が広がる。岩城相馬いわきそうま街道の街村で、東は関本下せきもとしも村。

「新編常陸国誌」に「旧ハ福田村ト合セテ神岡ト称セシヲ、正保以後分レテ二村トナル(中略)後分レテ上下二村トナル」とある。常陸国赤浜妙法寺過去帳の永正元年(一五〇四)に「日位神岡二位殿五廿五」とみえ、文禄四年(一五九五)岩城領検地目録(静嘉堂文庫蔵)には「千百拾九石四斗九升 (関本ノ内)神岡村」、同年の岩城領小物成目録(秋田県立図書館蔵)には「竈七具 壱貫六百八十文 神岡村」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む