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般若寺 はんにゃじ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

般若寺
はんにゃじ

奈良市にある真言律宗の寺。白雉5 (654) 年孝徳天皇の病気平癒を祈願するため蘇我日向臣が建立。延喜年間 (901~923) 観賢僧正が再興。治承4 (1180) 年兵火により損壊,建久6 (95) 年再修。のちさらに炎上,叡尊僧正が再興し文殊菩薩を安置。寛文年間 (1661~73) に金堂を再建したが,昔日威容はない。焼失を免れた楼門 (鎌倉時代前期) は国宝に指定。

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デジタル大辞泉の解説

はんにゃ‐じ【般若寺】

奈良市般若寺町にある真言律宗の寺。山号は、法性山。舒明天皇元年(629)、高句麗の僧慧潅(えかん)の開創と伝える。十三重石塔・笠塔婆がある。楼門は鎌倉時代遺構で国宝。

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百科事典マイペディアの解説

般若寺【はんにゃじ】

奈良市般若寺町にある真言律宗の寺。654年孝徳天皇の病気平癒を祈って蘇我日向臣が建立したと伝えるほか,諸説ある。叡尊(えいぞん)が復興し,丈六の文殊菩薩像を安置し,真言律宗とした。

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デジタル大辞泉プラスの解説

般若寺

奈良県奈良市にある寺院。創建は735年。宗派は真言律宗、本尊は文殊菩薩。楼門は国宝に指定。コスモス・水仙など花の名所。別名、コスモス寺。

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世界大百科事典 第2版の解説

はんにゃじ【般若寺】

奈良市にある真言律宗の寺。山号は法性山。寺の北は奈良坂,南はかつて般若坂で,奈良山の名で知られる佐保丘陵の東方に位置し,寺の西面を通る京街道に面して楼門(国宝)が建っている。般若寺を称する寺は往古より多く,創建に関しても異説が多い。境内から奈良時代の古瓦が出土するので,奈良後期になんらかの寺院があったらしい。863年(貞観5)9月,添上郡般若寺付近の山林の伐採を禁止した《三代実録》の記事が当寺の初見である。

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大辞林 第三版の解説

はんにゃじ【般若寺】

奈良市般若寺町にある真言律宗の寺。山号、法性山。654年蘇我日向の創建といわれる。十三重石塔や般若寺形の石灯籠で知られる。鎌倉時代建造の楼門は国宝。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

般若寺
はんにゃじ

奈良市般若寺町にある真言(しんごん)律宗の寺。法性山(ほっしょうざん)と号する。本尊は文殊菩薩(もんじゅぼさつ)。俗に文殊さんともよばれる。625年(推古天皇33)高句麗(こうくり)僧慧灌(えかん)の創建と伝える古刹(こさつ)で、654年(白雉5)蘇我日向臣(そがのひむかのおみ)が孝徳(こうとく)天皇の病気平癒を祈願して伽藍(がらん)を建立、さらに735年(天平7)に聖武(しょうむ)天皇の勅命により行基(ぎょうき)が堂塔を造営、鬼門鎮護の定額(じょうがく)寺に定められた。895年(寛平7)ころ観賢僧正(かんけんそうじょう)が中興、学問寺の名を高めたが、1180年(治承4)源平の兵火によりすべてを焼失した。鎌倉時代に入り石造十三重塔(国重要文化財)が造営され、さらに叡尊(えいぞん)が本堂を再建、1267年(文永4)丈六の文殊菩薩像を本尊として安置した。現本尊の文殊菩薩騎獅(きし)像(国重要文化財)は1324年(正中1)後醍醐(ごだいご)天皇親政を祈願して康俊(こうしゅん)・康成(こうせい)二仏師によりつくられたもの。般若寺と南朝との結び付きは深く、南北朝の争いで大塔宮護良(もりよし)親王が唐櫃(からびつ)に身を隠して難を逃れた話は有名。室町時代に文殊堂、地蔵堂などを焼失、さらに1567年(永禄10)松永弾正(だんじょう)と三好(みよし)3人衆の争いで中心伽藍を失い衰微した。楼門は鎌倉時代の遺構で国宝。そのほか宋(そう)の石工伊行吉(いぎょうきつ)作の笠塔婆(かさとうば)二基、経蔵(きょうぞう)、寺門勅額など国重要文化財指定の寺宝が多い。また1964年(昭和39)の十三重石塔解体修理に際して塔内から出現した納入物は一括して国重要文化財に指定されている。[大鹿実秋]
『『古寺巡礼 奈良5 般若寺』(1957・淡交社)』

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世界大百科事典内の般若寺の言及

【奈良坂】より

…このうち前者は平安時代を通じて都と奈良(南都)とを結ぶ最も重要な路線をなしつつ〈奈良坂〉の名で呼ばれた。また後者は俗に〈般若寺(はんにやじ)越え〉とか〈般若道〉とかと呼ばれつつ,平安中期ころからしだいにその重要性を増してき,鎌倉時代に入ると前者に代わって〈奈良坂〉の名で呼ばれるようになった。奈良坂そのものに,そのような歴史的変遷があったので,古代から中世にかけての文学・説話に現れる奈良坂のルートについては注意を要する。…

※「般若寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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