神明津番所跡(読み)しんみようづばんしよあと

日本歴史地名大系 「神明津番所跡」の解説

神明津番所跡
しんみようづばんしよあと

[現在地名]祖父江町神明津

万治二年(一六五九)藩は川並かわなみ奉行を置き、北方きたがた(現一宮市)と神明津に番所を建てて川並役人を置いた。その任務は、舟持改、売買作り家・間尺願の検査や裏判、流木の記録管理であった。神明津番所は北方番所に所属し、ふじ番所と高畑たかはた守所を統括し、手代二人、添番三人、同心二人、小丈一人合わせて八人がおり、鉄砲八挺、舟三艘のほか三ッ道具・八ノ字附幕をもっていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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