神明津番所跡(読み)しんみようづばんしよあと

日本歴史地名大系 「神明津番所跡」の解説

神明津番所跡
しんみようづばんしよあと

[現在地名]祖父江町神明津

万治二年(一六五九)藩は川並かわなみ奉行を置き、北方きたがた(現一宮市)と神明津に番所を建てて川並役人を置いた。その任務は、舟持改、売買作り家・間尺願の検査や裏判、流木の記録管理であった。神明津番所は北方番所に所属し、ふじ番所と高畑たかはた守所を統括し、手代二人、添番三人、同心二人、小丈一人合わせて八人がおり、鉄砲八挺、舟三艘のほか三ッ道具・八ノ字附幕をもっていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む