福勝院(読み)ふくしよういん

日本歴史地名大系 「福勝院」の解説

福勝院
ふくしよういん

京都大学総合人間学部敷地の南西(京都市左京区吉田近衛町)にあったと伝える寺。当地は旧字名を吉田一町よしだいつちようつじというが、これは福勝院が方一町の院地を有していたことに由来するという(坊目誌)。仁平元年(一一五一)鳥羽法皇の皇后高陽院泰子の御願寺として創建され、同年六月一三日の落慶供養には法皇も臨んでいる(百錬抄)。同三年には三重塔の建設に着工、翌久寿元年(一一五四)一〇月二一日に「高陽院供養福勝院内三重塔、准御斎会」と落慶供養を行っている(同書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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