福江町(読み)ふくえまち

日本歴史地名大系 「福江町」の解説

福江町
ふくえまち

[現在地名]桑名市福江町

矢田やだ町西端より南折した東海道筋の南北一条長さ一一五間の町屋敷地。北福江きたふくえ町・南福江町と分称する。当町は江戸時代初期までは大福だいふく村と江場えば村の入会地であったが、のち町支配となった。江場・大福の二字から江福えふく町と称したが、のちに福江町と改めた。「桑府名勝志」には「氏神牛頭天皇社ノ神釜ニ江福町寄付トアリ旧名ノ残リシナリ」とある。当町は東海道筋の桑名城下の最南端にあたっており、当町南端に木戸があって城下の入口となっている。「久波奈名所図会」によると「当所は西国諸大名并高貴な通行の時、御城主より御馳走の御役人出迎ひ則当所より供奉警固あり。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む