秋根村(読み)あきねむら

日本歴史地名大系 「秋根村」の解説

秋根村
あきねむら

[現在地名]下関市大字秋根・秋根北町あきねきたまち秋根西町あきねにしまち一―二丁目・秋根東町あきねひがしまち秋根本町あきねほんまち一―二丁目・秋根南町あきねみなみまち一―二丁目

現下関市のほぼ中央にあたり、あお山の南西に位置する小村。南はいちみや、北は形山かたちやま石原いしわら、東は勝谷しようや、西は延行のぶゆき伊倉いくらの各村と接する。長府藩領で西豊浦郡前支配に属する。

応永三〇年(一四二三)の中村専阿書状写(長門一宮住吉神社文書)に「就御神領沽却分被返付、奉書今日廿五進社家雑掌候、秋根・頼安・藤谷・山田・吉母等注文給候了、被惣別奉書候上者、不別紙候、以同前候、恐々謹言」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

一月五日ごろから二月二、三日ごろの、小寒、大寒合わせた約三〇日間。寒中(かんちゅう)。《 季語・冬 》[初出の実例]「寒(カン)の中 薬喰 声つかふ 酒作 紅粉(べに) 門垢離(かどごり)」(出典:俳...

寒の内の用語解説を読む