秣島・榛島・島・上島・下島(読み)まぐさじま・はんのきじま・うまやじま・かみしま・しもじま

日本歴史地名大系 の解説

秣島・榛島・島・上島・下島
まぐさじま・はんのきじま・うまやじま・かみしま・しもじま

[現在地名]新潟市礎町通いしずえちようどおり礎町通上一いしずえちようどおりかみいちノ町・はな町・つき町・ゆき町・南多門みなみたもん町・北多門きたたもん町・西厩島にしうまやじま町・東厩島ひがしうまやじま町・秣川岸通まぐさかわぎしどおり並木なみき町・相生あいおい町・住吉すみよし町・南毘沙門みなみびしやもん町・北毘沙門きたびしやもん町・見方みかた町・よし町・豊照とよてる町・船場ふなば町・東湊町通ひがしみなとまちどおり湊町通みなとまちどおり西湊町通にしみなとまちどおり本間ほんま町・松岡まつおか町・みどり町・さきがけ町・赤坂あかさか町・早川はやかわ町・町・稲荷いなり町・入船いりふね町・東入船ひがしいりふね

信濃川河口近くには大小の中洲が点在していたが、寛延期(一七四八―五一)頃から左岸に寄洲の形成をみ、一九世紀初頭には洲頂から順に、秣島・榛島・厩島・上島・下島の称が定着。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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