稲地村(読み)いなじむら

日本歴史地名大系 「稲地村」の解説

稲地村
いなじむら

[現在地名]能勢町稲地

平野ひらの村の北に位置し、北部山田やまだ川とその支流長谷ながたに川が合流する。伊那地村とも記される(寛永―正保期摂津国高帳)。能勢郡西郷郷士覚書写(東家文書)に南北朝初期と推定される稲地村の富田氏以下一二氏がみえる。また永禄二年(一五五九)二月九日の能勢郡諸侍書上覚写(井戸家文書)に伊那地村諸侍が書上げられている。村高は文禄三年(一五九四)二三九石余(乾家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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