稲生原村(読み)いのばるむら

日本歴史地名大系 「稲生原村」の解説

稲生原村
いのばるむら

[現在地名]矢部町男成おとこなり

男成村の北、見岳みたけ(男成嶽)の西麓にある。正平九年(一三五四)八月一三日の肥後矢部郷村注文(阿蘇家文書)に「いねをはら」とあり、貫高は一六貫六〇〇文。慶長国絵図に村名がみえる。矢部手永に属したが正徳四年(一七一四)から一時期中島手永に移り、のち旧に復した。「肥集録」は小村川上を記す。文政九年(一八二六)の矢部手永略手鑑によれば高一八四石九斗余、田畝六町六反九畝余・畑畝六町八反八畝余、竈数一七・男三六・女三七、牛二七・馬二八。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む