日本歴史地名大系 「稲田山古窯跡群」の解説
稲田山古窯跡群
いなだやまこようせきぐん
[現在地名]各務原市須衛 稲田
各務原台地の北端部、稲田山の南東面の丘陵山麓の傾斜面にある八世紀中葉から一二世紀にかけての須恵器・灰釉陶器窯跡群。各務原市域北部を中心に岐阜市東部、関市の一部にかけて広がる
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
各務原台地の北端部、稲田山の南東面の丘陵山麓の傾斜面にある八世紀中葉から一二世紀にかけての須恵器・灰釉陶器窯跡群。各務原市域北部を中心に岐阜市東部、関市の一部にかけて広がる
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