稲茎神社(読み)いなくきじんじや

日本歴史地名大系 「稲茎神社」の解説

稲茎神社
いなくきじんじや

[現在地名]新宮村上山 鳩岡

同名の旧村社が寺内(てらうち)と内野(うちの)にある。寛政九年(一七九七)の上山村明細帳の東之庄(ひがしのしよう)と西之庄(にしのしよう)の稲茎四社大明神がこれである。祭神は内野が稚産霊命・大己貴命・倉稲魂命など、寺内が大那牟遅神・少彦名神・稚産霊神。内野の同社の社伝に「馬立村の若宮から鷹が稲の穂を咬えて飛び降りた所に勧請した」とある。

境内末社の大西(おおにし)神社(祭神大西備中守元武父子)に奉納される「鐘踊」は県指定無形文化財。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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