穴師庄(読み)あなしのしよう

日本歴史地名大系 「穴師庄」の解説

穴師庄
あなしのしよう

平忠盛が、保延六年(一一四〇)金峯山きんぶせん寺に寄進したと考えられる梵鐘に穴師庄がみえ「保延六年十二月三日 右京大夫兼播磨 守平朝臣忠盛奉 施入熟銅廿□三□ 在大和国城上郡内 穴師庄八条四里廿三 坪内是為禅定聖 霊往生極楽 先妣証大菩提 乃至法界 平等利益」とある。

これによると、平忠盛の所領が穴師庄内にあったことが考えられる。当庄の所在と関係する右の条里の八条は一八条でないかと推測される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む