穴部村(読み)あなべむら

日本歴史地名大系 「穴部村」の解説

穴部村
あなべむら

[現在地名]小田原市穴部

東を狩(かり)川が流れ、西北は府川(ふかわ)村、西は久野(くの)村、南は多古(たこ)村と接し、村北を甲州道が東西に走る。永正一六年(一五一九)四月二八日の宗瑞(伊勢長氏)箱根領注文(県史三)に「あなへの内せしも分 廿くわん文」とあり、小田原衆所領役帳には幻庵「廿六貫六百文 西郡瀬下分」を記す。

近世は小田原藩領。寛永初期の村高五五石余、家数一三、うち名主一・本百姓四・わき者八(小田原領西筋村々高ノ帳)。貞享三年(一六八六)の村明細帳(県史五)によれば、田四町六反余、畑一五町四反余、村高一一五石余、家数二二、うち名主一・組頭一・本百姓一一・水呑六・山伏二、人数一一九、馬七。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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