立川三丁目(読み)たちかわさんちようめ

日本歴史地名大系 「立川三丁目」の解説

立川三丁目
たちかわさんちようめ

[現在地名]鳥取市立川町二―五丁目

立川二丁目挽木畷(ひきぎなわて)の地より東の大橋(現立川大橋)に向かい、霊光(れいこう)院の角西側までを町域とする。南は天神川を隔てて法美(ほうみ)郡立川村。元禄一一年(一六九八)八月法美郡在構から町奉行支配となり、城下四八町の一町として起立された。城下南東端に位置する町人地。安永七年(一七七八)の家数五〇、表口間数合せて一四二間、うち四間は在分竹野屋平助の家が占める。町役負担七〇人余、賦課比率の等級は下に定められる(町方御定)。立川村庄屋納の町方御年貢地がある(「在方諸事控」文久三年三月一四日条)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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