日本歴史地名大系 「竜ヶ城跡」の解説 竜ヶ城跡たつがじようあと 京都府:福知山市一ノ宮村竜ヶ城跡[現在地名]福知山市字一ノ宮佐々木(ささき)谷と夜久野(やくの)ヶ原との間にそびえる竜ヶ城(六四五・六メートル)山頂付近にある。頂上よりやや東寄りに平坦地があり展望が開ける。築城年代は不明だが、南北朝の頃は丹波守護代荻野朝忠が居城したと伝え(丹波志、横山硯)、戦国時代には威光(いこう)寺を外護して再建に尽力した土豪阿富元経が拠ったという。威光寺文書に「康永四(年)八月也、荻野尾張守彦六朝忠当郡竜ケ城主ナリ、備前児嶋三宅高徳朝忠ニ牒送、合同時起兵サント欲シ、時日相違シ山名伊豆守時氏ノ為ニ滅亡ス」とみえ、また「里老ノ曰、威光寺焼亡ニ付、地頭安福元常入道・寺田某建立、(中略)安福殿ハ天正中為明智ニ亡失畢、其外邑里ニ小侍所々有之、いつれも明智殿之節滅亡也」とある。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by