竹ヶ谷村(読み)たけがたにむら

日本歴史地名大系 「竹ヶ谷村」の解説

竹ヶ谷村
たけがたにむら

[現在地名]相生町竹ヶ谷

内山(うちやま)村の西、紅葉(もみじ)川の上流域にある。江戸時代初期の国絵図類、寛文四年(一六六四)の郷村高辻帳、天保郷帳には記載がない。天明六年(一七八六)の村々浦里男女人改帳(守野家文書)に竹谷村とみえ、人数五四(男二四・女三〇)。文化九年(一八一二)の郡村仮名附帳(鷲敷町史)には、当村は仁宇(にう)村(現鷲敷町)の枝郷として書上げられている。同一〇年の高都帳では一村として高付されており、高三一石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

1 多数の語を集録し、一定の順序に配列して一つの集合体として、個々の語の意味・用法、またはその示す内容について記したもの。語のほかに接辞や連語・諺なども収める。また、語の表記単位である文字、特に漢字を...

辞書の用語解説を読む