竹田皇子(読み)たけだのおうじ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「竹田皇子」の解説

竹田皇子 たけだのおうじ

?-? 6世紀末ごろ,敏達(びだつ)天皇皇子
母は豊御食炊屋姫尊(とよみけかしきやひめのみこと)(推古天皇)。用明天皇2年(587)泊瀬部(はつせべの)皇子(崇峻(すしゅん)天皇),厩戸(うまやどの)皇子(聖徳太子),蘇我馬子(そがの-うまこ)らと物部守屋(もののべの-もりや)をほろぼした。竹田王,小貝王とも。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「竹田皇子」の意味・わかりやすい解説

竹田皇子
たけだのおうじ

敏達天皇皇子。母は皇后豊御食炊屋姫 (のちの推古天皇) 。用明2 (587) 年,蘇我馬子が政敵物部守屋を滅ぼしたとき,厩戸皇子 (→聖徳太子 ) らとともに討伐軍に従っている。

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