日本大百科全書(ニッポニカ) 「笑の王国」の意味・わかりやすい解説
笑の王国
わらいのおうこく
1933年(昭和8)4月、浅草・常盤(ときわ)座で旗揚げした喜劇団。かねて徳川夢声(むせい)と親しかった古川緑波(ろっぱ)がまとめ役となり、トーキー出現により職場を追われた活動弁士(活弁)の夢声、山野一郎、大辻司郎(おおつじしろう)らに、松竹映画脱退の渡辺篤(あつし)、関時男、横尾泥海男(でかお)らのコメディ役者、日活を脱退した小杉勇、島耕二らの映画スター、それに地元浅草の役者中根龍太郎、三益(みます)愛子、清川虹子(にじこ)らが第1回公演に参加した。その雑多な顔ぶれによる珍妙な茶番劇は大ヒットとなり、広範な客層をつかんだ。作家陣には菊田一夫(きくたかずお)、貴島研二、山下三郎、山田寿夫(としお)らがあったが、日活脱退組はまもなく映画に戻り、夢声も映画と放送のスターとなり、35年には緑波が渡辺、三益、菊田らを擁して東宝傘下でロッパ一座を結成、創立当初の看板は減ったが、文芸名作のナンセンス化で独自の路線を歩んだ。しかし、40年代に入ると演目の内容も戦時色を反映したものが多くなり、また43年には「青春座」と改称させられ、さらに男優の応召による弱体化で44年4月公演を最後に解散した。
[向井爽也]